【第33番札所 雪蹊寺】長宗我部元親の菩提寺!禅の心と渡船の旅

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第33番札所 雪蹊寺の本堂と静寂な境内
第33番札所 雪蹊寺:長宗我部元親ゆかりの禅寺

第32番札所から約7.8キロ。浦戸湾の入り口に近い高知市長浜に、第33番札所・雪蹊寺(せっけいじ)があります。

四国八十八ヶ所霊場では数少ない「臨済宗(禅宗)」のお寺であり、境内は華美な装飾を排した、禅寺らしい凛とした空気に包まれています。
戦国時代に四国を統一した武将・長宗我部元親の菩提寺としても知られ、歴史ファンにも人気のスポット。運慶・湛慶作と伝わる仏像など、文化財の宝庫でもあります。

山号・院号 高福山 高福院(こうふくざん こうふくいん)
宗派 臨済宗妙心寺派
御本尊 薬師如来(やくしにょらい)
開基 弘法大師(空海)
御真言 オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ
御詠歌 旅(たび)の行(ゆ)く 糸(いと)も忘(わす)れて 雪蹊寺(せっけいじ) 幾千代(いくちよ)までも 栄(さか)えぬるかな (意味:旅の疲れも忘れてしまうほど尊い雪蹊寺よ、幾久しく栄えていくことであろう)

33番札所・雪蹊寺の歴史と縁起

弘仁6年(815年)、弘法大師によって開創され、当時は「高福寺」と称していました。
その後、戦国時代になり、長宗我部元親がこの寺を菩提寺として再興。「月峰和尚」という名僧を招いて臨済宗に改め、元親の法名(死後のおくり名)である「雪蹊恕三(せっけいじょさん)」にちなんで、寺号を「雪蹊寺」と改めました。

長宗我部家が滅亡した後は一時衰退しましたが、江戸時代に土佐藩主・山内家の庇護を受けて再興。山本玄峰(やまもとげんぽう)老師など多くの名僧を輩出した修行道場としても知られています。

境内の見どころ:禅の静寂と武将の墓

質実剛健な気風が漂う境内には、歴史と文化が凝縮されています。

1. 長宗我部元親の墓

本堂の裏手には、四国の覇者・長宗我部元親の墓所があります。
かつて四国全土を統一した英雄が眠る場所は、木々に囲まれひっそりと静まり返っています。すぐ隣には、信親(元親の長男)の墓もあり、歴史の栄枯盛衰を感じさせる場所です。

2. 運慶・湛慶作の仏像群

雪蹊寺は仏像の宝庫です。鎌倉時代の仏師、運慶(うんけい)とその長男・湛慶(たんけい)の作と伝わる「毘沙門天立像」をはじめ、「吉祥天」「善膩師童子(ぜんにしどうじ)」などの仏像があり、これらはすべて国の重要文化財に指定されています。
通常は拝観できませんが、その存在が寺の格式の高さを物語っています。

3. 浦戸湾を渡る「県営渡船」

第32番札所・禅師峰寺から雪蹊寺へ向かうルート上には、浦戸湾があります。ここには「県営渡船(無料)」が運行されており、多くの歩き遍路さんが利用します。
かつての巡礼者たちも船で湾を渡っていました。心地よい海風を感じながらの船旅は、お遍路道中の忘れられない思い出となるでしょう。

御朱印・納経について

参拝後は納経所へ。雪蹊寺の御朱印には、薬師如来を表す梵字(バイ)と「本尊 薬師如来」の文字が記されます。
禅寺らしい、シンプルで力強い筆致の御朱印をいただき、心を整えて次の札所へと向かいましょう。

アクセス・駐車場・参拝案内

  • 所在地: 高知県高知市長浜857-3
  • 第32番からの距離: 第32番札所・禅師峰寺から約7.8km。県営渡船を利用するルートが一般的です(所要時間は船の時間を含めて徒歩約2時間)。車の場合は浦戸大橋を渡ります。
  • 駐車場: あり(無料)。山門前に整備されています。
  • 次の札所へ: 第34番札所「種間寺」までは約6.3km。徒歩で約1時間半、車で約15分。平坦な田園地帯を進みます。

まとめ:禅の心と英雄の夢に触れる

第33番札所・雪蹊寺は、華やかさよりも「静寂」と「歴史」を大切にするお寺です。 長宗我部元親の夢の跡に触れ、禅寺ならではの清々しい空気の中で手を合わせれば、旅の疲れもスッと消えていくことでしょう。

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