【第43番札所 明石寺】乙女が運んだ巨石伝説!しあわせ観音と修験の霊場

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第43番札所 明石寺のしあわせ観音と本堂
第43番札所 明石寺:乙女の伝説が残る、古き良き山岳寺院

第42番札所から歯長峠(はながとうげ)を越えて約10.6キロ。歴史ある宇和の町を見下ろす高台に、第43番札所・明石寺(めいせきじ)があります。

地元では「あげいしさん」の愛称で親しまれるこのお寺は、四国霊場では数少ない「天台宗」の寺院であり、古くから修験道の道場として栄えました。
乙女が夜明けまで石を運び続けたという不思議な「巨石伝説」や、心の安らぎを与える「しあわせ観音」など、神秘的でありながら温かみのある境内の魅力をご案内します。

山号・院号 源光山 円手院(げんこうざん えんじゅいん)
宗派 天台寺門宗
御本尊 千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)
開基 聖徳太子
御真言 オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ
御詠歌 聞(き)くならく 千手(せんじゅ)不思議(ふしぎ)の 誓(ちか)いには 大盤石(だいばんじゃく)も 軽(かろ)くあげ石(いし) (意味:千手観音の不思議な誓願の力をもってすれば、大きな盤石も軽々と持ち上がる(上げ石)ことだ)

43番札所・明石寺の歴史と縁起

欽明天皇の勅願により、円手院正澄(えんじゅいんしょうちょう)という行者が千手観音を祀って開基したのが始まりとされています。その後、天平6年(734年)に寿元行者が紀州熊野から十二社権現を勧請し、修験道の中心地となりました。

弘法大師がこの地を訪れたのは弘仁13年(822年)。荒廃していた堂宇を再興し、現在の寺号「明石寺」と定めたと伝えられています。
明治時代までは神仏習合の寺として栄えましたが、現在は天台寺門宗の寺院として、四国霊場の中では独特の歴史的背景を持っています。

境内の見どころ:乙女の伝説と夫婦杉

歴史ある木造建築が並ぶ境内は、修験道の道場らしい凛とした空気と、訪れる人を包み込むような優しさがあります。

1. 寺名の由来「乙女の巨石伝説」

明石寺が「あげいしさん」と呼ばれる由来となった伝説があります。
昔、信心深い美しい乙女が、願掛けのために海岸から大きな石を運び上げようとしました。しかし、夜明けが近づき、無念にも石を下ろして姿を消してしまったといいます。
その時の石が「明石(上げ石)」として今も残っていると言われ、御詠歌にもその伝説が詠まれています。一途な祈りの物語が、寺名に刻まれています。

2. 美しい「しあわせ観音」

境内の入り口近くには、金色の「しあわせ観音」が立っています。
その名の通り、参拝者の幸せを願って建立された観音様で、慈愛に満ちた穏やかな表情は、旅の疲れを癒やし、心を温かくしてくれます。ぜひ手を合わせて、日々の幸せを祈ってみてください。

3. 夫婦円満の「夫婦杉」

仁王門の近くには、根元が一つにつながった大きな杉の木「夫婦杉(めおとすぎ)」があります。
2本の杉が仲良く寄り添うように天へ伸びる姿から、夫婦円満や縁結びのご利益があるとされています。長い年月を共に生きる木々の生命力にあやかりましょう。

御朱印・納経について

参拝後は納経所へ。明石寺の御朱印には、千手観音を表す梵字(キリーク)と「本尊 千手観世音」の文字が記されます。
力強い筆致は、重い石をも持ち上げる観音様のパワーを表しているかのようです。

アクセス・駐車場・参拝案内

  • 所在地: 愛媛県西予市宇和町明石201
  • 第42番からの距離: 第42番札所・佛木寺から約10.6km。歯長峠(はながとうげ)を越えるルートです。車ならトンネル経由で約20分、歩き遍路は山道を含む約3時間の道のりです。
  • 駐車場: あり(無料)。山門の下に駐車場が整備されています。
  • 次の札所へ: 第44番札所「大寶寺」までは約67km。ここから再び長い移動となります。大洲市や内子町を抜け、久万高原町(くまこうげんちょう)の山中を目指します。

まとめ:乙女の祈りが残る「あげいしさん」

第43番札所・明石寺は、伝説と修験の歴史が息づく神秘的な場所です。 乙女が運んだ石の伝説に思いを馳せ、しあわせ観音に癒やされる。ここで「菩提の道場(愛媛)」の前半を終え、次は高原の難所へと向かう長い旅路が始まります。

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