【第47番札所 八坂寺】地獄と極楽のトンネル!役行者開基の修験の寺

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第47番札所 八坂寺の本堂と山門
第47番札所 八坂寺:役行者が開いた修験の道場

第46番札所からわずか1キロ。田園風景の中を少し歩くと、すぐに第47番札所・八坂寺(やさかじ)に到着します。

ここは約1300年前、修験道の開祖である「役行者(えんのぎょうじゃ)」が開いたとされる由緒ある古刹です。境内には「地獄の途(みち)」と「極楽の途」と呼ばれるトンネルがあり、あの世の世界を疑似体験できるスポットとして参拝者に人気です。
また、お遍路の始まりの伝説である「衛門三郎(えもんさぶろう)」の悲しい物語が残る場所でもあります。

山号・院号 熊野山 妙見院(くまのざん みょうけんいん)
宗派 真言宗醍醐派
御本尊 阿弥陀如来(あみだにょらい)
開基 役行者(えんのぎょうじゃ)
御真言 オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン
御詠歌 花(はな)を見(み)て 歌(うた)詠(よ)む人(ひと)は 八坂寺(やさかじ) 三仏(さんぶつ)じょうの 縁(えん)とこそきけ (意味:美しい花を見て歌を詠むような心豊かな人は、八坂寺の三仏(阿弥陀・観音・勢至)の浄土へ往生する縁を結んだと聞きなさい)

47番札所・八坂寺の歴史と縁起

大宝元年(701年)、修験道の祖である役行者がこの地で修行を行い、寺を開いたのが始まりです。
その後、弘法大師が訪れて伽藍を再興し、霊場として定めました。「八坂」という名は、8つの坂道を切り開いたことに由来するとも、「いやさか(弥栄=ますます栄える)」に由来するとも言われています。

また、この地は「四国遍路の元祖」と言われる伝説の人物・衛門三郎の屋敷があった場所の近くです。弘法大師に無礼を働いた報いで8人の子供を次々と亡くした三郎が、子供たちの菩提を弔うために建てた8つの塚(墓)が、寺の近くに残されています。

境内の見どころ:地獄と極楽の体験

静かな山門をくぐると、本堂と大師堂が並び、その間には独特の体験ができるお堂があります。

1. 「閻魔堂」の地獄と極楽体験

本堂と大師堂の間にある「閻魔堂(えんまどう)」には、世にも珍しい「地獄の途(みち)」と「極楽の途」という2つのトンネルがあります。
右の「極楽の途」には美しい浄土の絵が、左の「地獄の途」には恐ろしい地獄絵図が描かれています。どちらを通るか、あるいは両方を通って心を戒めるか。あの世の世界を垣間見ることができる、八坂寺ならではの体験スポットです。

2. 救いの仏「阿弥陀如来」

本堂に祀られている御本尊・阿弥陀如来は、現世の苦しみから人々を救い、極楽浄土へ導いてくださる仏様です。
閻魔堂で地獄の恐ろしさを知った後に本堂へお参りすると、阿弥陀様の慈悲深さがより一層心に染み入ります。御真言「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン」を唱え、安らかな未来を祈りましょう。

3. 衛門三郎「八人の子供の墓」

八坂寺の近くには、衛門三郎の8人の子供を葬ったとされる「八塚(やつづか)」があります。
かつて強欲だった三郎が、大師を追い払った報いとして子供たちを失い、改心して遍路の旅に出たという物語は、四国遍路の原点です。この地で、遍路の歴史と「懺悔(ざんげ)の心」に触れることができます。

御朱印・納経について

参拝後は納経所へ。八坂寺の御朱印には、阿弥陀如来を表す梵字(キリーク)と「本尊 阿弥陀如来」の文字が記されます。
極楽浄土へのパスポートのような、ありがたい御朱印です。

アクセス・駐車場・参拝案内

  • 所在地: 愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773
  • 第46番からの距離: 第46番札所・浄瑠璃寺から約1km。徒歩で約15〜20分、車でスグの距離です。田んぼ道を歩くのどかなルートです。
  • 駐車場: あり(無料)。山門の近くに駐車スペースがあります。
  • 次の札所へ: 第48番札所「西林寺」までは約4.5km。車で約10分、徒歩で約1時間。松山市内を流れる重信川(しげのぶがわ)方面へ向かいます。

まとめ:地獄を知って極楽を願う

第47番札所・八坂寺は、地獄と極楽を擬似体験することで、今を生きる姿勢を問い直す場所です。 衛門三郎の伝説に学び、阿弥陀如来に救いを求める。短距離の移動ですが、心に残る深い体験ができるお寺です。

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