【第53番札所 円明寺】隠れキリシタンの十字架と最古の納め札!歴史ミステリーの寺

< 光明トラベル トップページへ戻る
第53番札所 円明寺の仁王門と境内
第53番札所 円明寺:歴史の謎を秘めた、松山市最後の霊場

第52番札所から約2.5キロ。松山市の北西部、和気(わけ)の町並みの中に第53番札所・円明寺(えんみょうじ)があります。

一見すると静かな仏教寺院ですが、ここには驚くべき歴史ミステリーが隠されています。境内の塔からは「隠れキリシタン」の十字架が、そして本堂の梁からは四国最古の「銅板納め札」が発見されました。
禁教の時代に密かに守られた信仰と、江戸時代初期の巡礼の記録。歴史ロマンあふれる円明寺の魅力をご案内します。

山号・院号 須賀山 正智院(すがざん しょうちいん)
宗派 真言宗智山派
御本尊 阿弥陀如来(あみだにょらい)
開基 行基菩薩
御真言 オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン
御詠歌 来迎(らいごう)の 弥陀(みだ)の光(ひかり)の 円明寺(えんみょうじ) 照(て)りそいたまうは 我(われ)を守(まも)らん (意味:阿弥陀如来が来迎し、その光が円らかに輝く円明寺。その光が私を照らして守ってくださるだろう)

53番札所・円明寺の歴史と縁起

天平元年(729年)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が本尊の阿弥陀如来と脇侍(観音・勢至菩薩)を刻んで開基しました。当時は海岸近くの山頂にあり、「海岸山 圓明寺」と称する七堂伽藍の大寺院でした。

その後、戦火により焼失しましたが、江戸時代初期に現在の場所へ移され、再建されました。
この再建の際、アメリカ帰りの僧侶が関わったという説や、キリスト教弾圧を逃れた信者が隠れ住んだという伝説が残されており、仏教とキリスト教の不思議な接点が語り継がれています。

境内の見どころ:隠れキリシタンと最古の札

こぢんまりとした境内には、他のお寺では見られない貴重な歴史遺産があります。

1. ミステリー「キリシタン灯籠」

大師堂の左手奥に、高さ40センチほどの小さな石塔があります。一見すると普通の供養塔に見えますが、よく見ると上部に十字架のような形が刻まれています。
これは「キリシタン灯籠」と呼ばれ、隠れキリシタンが密かにマリア像に見立てて拝んだものだと考えられています。また、かつて本堂の厨子からは「聖母マリアの銅板」も発見されており、この寺が弾圧下の信者たちの隠れ蓑になっていた可能性を伝えています。

2. 現存最古「銅板納め札」

大正時代、本堂の梁(はり)の上から、江戸時代初期の「銅板納め札」が発見されました。
そこには「承応3年(1650年)」の日付と、五穀豊穣を願う文字が刻まれていました。これは現存する四国遍路の納め札としては最古のものであり、当時の庶民の巡礼の様子を知る上で極めて貴重な資料となっています(※実物は保管されていますが、レプリカや写真で見ることができます)。

3. 左甚五郎作「昇り龍・下り龍」

山門(仁王門)や本堂の彫刻にも注目してください。特に中門の鴨居には、伝説の名工・左甚五郎(ひだりじんごろう)の作と伝わる龍の彫刻があります。
あまりに精巧なため、夜な夜な抜け出して田畑を荒らしたため、金網を張って封じ込めたという伝説が残っています。

御朱印・納経について

参拝後は納経所へ。円明寺の御朱印には、阿弥陀如来を表す梵字(キリーク)と「本尊 阿弥陀如来」の文字が記されます。
宗教の垣根を超えて人々を受け入れたかもしれない、懐の深いお寺の精神を感じながらいただきましょう。

アクセス・駐車場・参拝案内

  • 所在地: 愛媛県松山市和気町1-182
  • 第52番からの距離: 第52番札所・太山寺から約2.5km。車で約5分、徒歩で約30〜40分。非常に近い距離にあります。
  • 公共交通機関: JR予讃線「伊予和気駅」から徒歩約5分。駅近でアクセス良好です。
  • 駐車場: あり(無料)。山門前に整備されています。
  • 次の札所へ: 第54番札所「延命寺」までは約34km。ここから松山市を離れ、海岸線沿いに今治市へと向かう長い道のり(通称:はまかぜ海道)が始まります。

まとめ:歴史の闇に光を当てる寺

第53番札所・円明寺は、阿弥陀様の光だけでなく、歴史の中に隠された人々の祈りにも光を当てる場所です。 十字架や古い納め札に込められた先人たちの切実な想いに触れ、平和に巡礼できる現代のありがたさを噛み締めて、次の旅路へと進んでください。

    PAGE TOP